須勢理毘売と共に出雲の国で国造りに励む大国主神(大穴牟遅神)には、最初海から現れた相棒がいます。

 
その神は少名毘古那神(スクナビビコナノカミ)といい、造化三神の一柱、神産巣日神(カムスヒノカミ)の子です。その体があまりにも小さく、神産巣日神の手からこぼれ落ちたのだそうです。

 
大国主命にとって、神産巣日神といえば、兄たちの虐待で死んだとき生き返らせてもらった恩人でもあります。その神が少名毘古那神に「大国主命と協力し、一緒に国造りをするように」といってくれたので、喜んで2柱は国造りに励みます。

 
この国造りとは、治水であったり、土地を埋め立てるなどして、人が住みやすいように国土を整え、文化やまじない、医薬などを広めていくことです。

 
ashihara少名毘古那神は知恵者で、各地で大国主と一緒に様々な事業をして人々を助けたという言い伝えが残っています。特に、少名毘古那は、医術、酒造りを人々に教え、いくつもの温泉を開いたといわれています。

 
この少名毘古那神は、途中で突然、自分の役目はここまでだと言い、海のかなたの常世国に帰ってしまったのですが、その理由は定かではありません。

 
大国主命は、ひどく落胆しましたが、次にまた海から神が現れます。大物主神(オオモノヌシノカミ)の登場です。「私の御魂を丁寧に祀ったならば、私はお前に協力して共に国造りをしよう。」と言った大物主神を、大国主命は大和の三輪山に祀りました。

 
そのおかげで、葦ばかりが生える大地に過ぎなかった葦原の中つ国が、出雲を中心に豊かな国となり繁栄していったとされています。

 
古事記では大物主神は大国主神とは別柱として紹介され、初代神武天皇の后、伊須気余理比売(イスケヨリヒメ)の父とされていますが、日本書紀では大国主神の霊魂であるとされ同神化されています。