宗像三女神とは天照大御神と須佐之男命の確執のところで取り上げたように天照大御神と須佐之男命が誓約(うけい)をして神生みを競った際に、天照大御神が須佐之男命の剣を3つに折って口に入れ、噛み砕いて息を噴出した際に誕生した3人の女神といわれています。

 

そして、天照大御神が邇邇芸命を葦原の中つ国(地上界)の統治の総司令官として送られるときお供として使わせた天つ神の中にこの三女神がいたとされます。

 

 

古事記では沖津宮は多紀理毘売命(タキリビメノミコト)別名:奥津島比売命(オキツシマヒメノミコト)、中津宮は市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト)別名:狭依毘売命(サヨリビメノミコト)、辺津宮は多岐都比売命(タギツヒメノミコト)としていますが、日本書紀では沖津宮を田心姫(タゴリヒメ)、中津宮を湍津姫(タギツヒメ)、辺津宮は市杵嶋姫(イツキシマヒメ)と書かれています。

 

 

辺津宮と中津宮に鎮座する女神が入れ替わっているのですが、今となってはどちらが正しいのかを確かめる術はないのですが、これを題材として書かれた小説があります。⇒神様の御用人 (6)

 

これを読んだ後、何かすっきりと腑に落ちた気になったのを覚えています。

 

因みに邇邇芸命(ニニギノミコト)は、天照大御神と須佐之男命が誓約(うけい)の際に、須佐之男命が天照大御神の勾玉や玉飾りなどを口に含み噛み砕いて噴出した息から生まれた5人の男神の長男、天忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト)の御子です。